日本における電報の役割の歴史的変化
-
1973年には一般用途中心から慶弔用途中心に移行した。
緊急通信用途から慶弔用途へ
「電報は,近年,加入電話の普及,ファクシミリ通信等の多様な通信手段の発展に伴い,その緊急通信手段としての性格が変容してきており,慶弔用としての利用は年々増加しているものの,利用通数は大幅に減少している。電話等の普及により,電報は,緊急通信手段という意味において,通信メディアとしては衰退しつつあると考えられる」『通信白書』昭和61年版、pp.126-127
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/s61/pdf/S61_part2.pdf
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/s61/html/s61a02020300.html
日本における電報通数の歴史的推移
-
日本国内の電報発信通数は、1963年度(昭和38年度)の9,461万通をピークに毎年減少を続けている。(一般用途は1963年をピークに減少、慶弔用途は1975年まで増加、1975年には2,905万通。一度減少するも、1978年から再び増加傾向に転換。1991年の4,289万通をピークに減少傾向へ)
- NTT西日本「電報の発信通数」
https://www.ntt-west.co.jp/info/databook/pdf/076-077_hasshintsusu.pdf -
文化遺産オンライン「郵政博物館資料 電報取扱通数と電信線延長増加指数累年比較 明治4年-大正13年」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/257220
https://online.bunka.go.jp/heritage/12238/_173480/12238_173480121221155557363_900.jpg電報は年度末の数値で、明治4年(1871)、明治15年(1882)、明治20年(1887)、明治25年(1892)、明治30年(1897)、明治35年(1902)、明治40年(1907)、大正元年(1912)、大正5年(1916)、大正10年(1921)、大正11年(1922)、大正12年(1923)、大正13年(1924)の電報取扱数、および、明治4年度末を1とした指数推移グラフが記載されている。
指数推移グラフは明瞭であるが、取扱数の数値は字がかすれていて読みにくい。画像を縦横10倍にするとともに、明るさを調整して判読した結果としては、明治4年度末の電報取扱数は19,448通と推定される。以後、読み取り間違いがあるかもしれないが、2,994,109、2,821,817、5,491,181、28,415,679、5,5789,910,1