科学研究費・軍事研究開発費視点から見たdual use

軍事研究開発費に当てられる防衛省の財政資源・人的資源の有限性に対して適切に対処し、軍事力に関する相対的競争優位をCost Leadership, Differentiation, FocusといったPorterの競争戦略視点から確保・強化する方法に関して、「規模の経済・不経済」や「範囲の経済・不経済」に対する経営学的対処という視点から分析を行うことが有益である。

本稿では、軍事研究開発費に当てられる防衛省の財政資源・人的資源の有限性に関する防衛省側の認識、および、そうした有限性に対するdual use論的対処に関する認識をまずは見ていくことにしよう。なお下記では、「軍事技術開発・軍事製品開発に際して民生技術を活用する」スピンオン、および、「民生技術開発・民生製品開発に際して軍事技術を活用する」スピンオフといった事後的=結果的dual useを主として取り上げる。

『防衛白書』等の防衛省関連資料における研究開発・製品開発に関わるdual use論的主張

  1. 防衛技術シンポジウム2012 創立60周年記念 特別講演Ⅱ「将来技術との融合を目指して!~新たな時代を拓く防衛技術の在り方を多面的に考える~」
    https://www.mod.go.jp/atla/research/dts2012/toku2.pdf
    佐々木達郎(当時、前技術研究本部長、金沢工業大学教授)の発言「民間企業との関連という点では、確かに戦後の防衛庁技術研究本部では先ほどお話ししましたように、工廠等もありませんし、自らつくるということはできませんので、試作品の段階から、もちろん量産もそうですが、民間の技術力に依存してまいりました。特に自衛隊固有の、例えば火器弾薬とか戦闘車両、あるいは戦闘機等に関しましては、どうしても防衛省独自にこれを保持しなければいけない技術ですが、一般の装備品、すなわち通信機材ですとか普通の車両だとか、その他もろもろに関しましては、これは民生技術、我が国の優れた民生技術を活用するというのをベースにずっとやってきました。<」pp.20-21

    [引用者コメント]軍事的優越性の確保に際して、他国に対するDifferentiationを持続的=長期的に確保するためには、「火器弾薬とか戦闘車両、あるいは戦闘機等」といった主要な「正面装備」(戦闘に直接使用される兵器・装備)に関する技術開発力・製品開発力を防衛省自らが有することが必要かつ有用である。敵国に対する軍事的卓越性(敵国に対するDifferentiation的意味での軍事的競争優位性)の持続的=長期的確保を左右する主要な正面装備に関する技術開発力・製品開発力に関して、自前主義を捨て内部的開発能力を育てず、民間企業あるいは他国(仮にそれが現時点における友好国であったとしても)に全面的に依存することは適切ではない。主要な正面装備に関しては、Differentiationの持続的=長期的確保のためにも「秘密特許」などに端的に示されているようなそれらに関する機微性・秘匿性確保に対応したclosed戦略に基づく開発力育成が求められる。
     その一方で軍事力の全体的大きさが「軍事力の質」✕「軍事力の量」という形で規定されるとすれば、主要な正面装備に関するClosed戦略に基づく「質」的優位性の確保とともに、一般の装備品(通常の運搬・移動用の車両、通常の通信機材)に関するopen戦略に基づく量的優位性の確保が重要となる。すなわち、一般の装備品に関しては、軍事目的視点からの一定のカスタマイズや追加の技術開発・製品開発が必要であるにしても、基本的には民生製品の機能・性能で軍事作戦遂行が可能であるから、既成の民生技術・民生製品を有効活用することが可能である。
     

    佐々木達郎(当時、前技術研究本部長、金沢工業大学教授)の発言「いずれにしましても尐ない経費でここまでやってこられたというのは、国内の民間企業が持つ優れた技術を活かした分野で、その技術が適用できる装備品に対して、技術の上澄みだけ国が経費を払ってきて、安い経費で何とか装備品をつくっていただいたという面があるんじゃないかと思います。これからもぜひ新しい技術、それと先ほど僕申し上げましたが、大学の先生とか、それから独立行政法人の方々とか、あるいは中小企業の持っている技術を日本の財産として有効に使わせていただいて、短期間にその時代に合った装備品をつくらせていただくような環境、もちろんこれまで努力いただいた防衛産業の方々にはリーダーになってもらわなきゃいけないとは思いますが、そんな形で進めさせていただければと思います。」p.21

    [引用者コメント]軍事研究開発費に当てられる防衛省の財政資源・人的資源の有限性に対応するための方法の一つが、本引用にあるように、民生技術が活用できる装備品(兵器・装備)に関しては、民生技術・民生製品を活用し、軍事目的に対応したカスタマイズに関する技術開発・製品開発に関するコストのみを軍事当局(防衛省)側が負担するという「スピンオン」型dual use開発方式である。
     

    堤厚博(技術研究本部研究開発評価官)の発言「防衛装備品等の開発や生産というのは、欧米の軍事先進国を追随するキャッチアップ型の時代から、国情や防衛環境の変化とか、技術動向を踏まえて戦略的に進めていくフロントランナー型の時代へ変遷しつつあるように感じております。これを効果的に推進するためには、技術研究本部と防衛関連企業に加えて、第3のステークホルダーとして大学とか独立行政法人などの参画によって、新たな可能性を追求していくということが考えられます。つまり、大学とか独立行政法人を含めて国内の技術基盤を最大限に活用していくということが得策であると。日本のものづくりでも、大企業と中小企業とが上手に連携することで日本ブランドをつくり上げているというのが現状だと思います。」p.24

    [引用者コメント]軍事力増大は、「欧米の軍事先進国を追随するキャッチアップ型」の時代では、follower戦略に基づく「模倣・改良」が基本的に有用であった。
    しかしながら他国に先んじて新たな兵器・装備を研究・開発することが必要な「フロントランナー型」の時代では、必要な研究開発を自国において軍事当局(防衛省)のリーダーシップのもとで遂行することがどうしても必要となる。この場合にネックとなるのが、防衛省側の財政資源・人的資源の相対的有限性という問題である。
     財政資源の相対的有限性に関しては、2024年度に軍事研究開発費が科学研究費を上回るようになるなどの対応が進んでいる。人的資源の相対的有限性に対する対応策の一つが、安全保障技術研究推進制度(防衛省ファンディング)などを通じて、軍事研究開発費の一部を大学・民生企業などに回すことである。
     

    佐々木達郎(当時、前技術研究本部長、金沢工業大学教授)の発言「今、例えば隣の韓国にしろ、中国にしろ、軍事費、もちろん研究開発費というのはべらぼうに増やしていますし、またその要員というのが大変多い、日本の何倍かの要員を構えるような状況に至っています。日本が今のままいって、本当に反省しなければいいんですが。ただ、先ほど秋元先生も最後におっしゃいましたが、中小企業だとか大学とか独法、そういった持てる技術を、この予算が削減され定員が削減される中、そういった技術を活用させていただけるような環境をつくっていただいて、ぜひもっと効率的で優秀な装備品ができるような、そんな努力をこれからもしていただければと思います。お願いです、よろしくお願いします。」pp.46-47/div>

     

  2. http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2014/html/n4141000.html“>『防衛白書』平成26(2014)年版
    http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2014/html/n4141000.html

    財政的、人的な資源が限られる中、先進的な研究を中長期的な視点に基づいて体系的に行うため、新たな脅威に対応し、安全保障上戦略的に重要な分野において技術的優位性を確保できるよう、最新の科学技術動向、戦闘様相の変化、国際共同研究開発の可能性、主要装備品相互の効果的な統合運用の可能性などを勘案し、主要な装備品ごとに中長期的な研究開発の方向性を定める将来装備ビジョンを策定し、効果的に人的、財政的資源を投入する。

    近年、防衛技術と民生技術との間でデュアルユース化、ボーダーレス化が進展している中、産学官の力を集結させて、安全保障分野において有効に活用し得るよう、科学技術に関する動向を平素から把握し、独立行政法人や大学などの研究機関との連携の充実を促進することで、防衛にも応用可能な民生技術の積極的な活用(スピンオン)に努めるとともに、民生分野への防衛技術の展開(スピンオフ)も図り、防衛技術と民生技術の相乗効果による技術の進展を促す。また、先進諸国においては、防衛装備品の高性能化を実現しつつ、費用の高騰に対応するため、国際共同開発などに参加することが主流となっていることから、わが国としても国際共同開発などへの参加も念頭に置きつつ、防衛装備移転三原則のもとで、装備・技術分野における諸外国との協力を進めていく。産学官連携の強化、国際的な装備・技術協力の推進に際しては、防衛技術、デュアルユース技術の機微性・戦略性を適切に評価し、わが国の安全保障上の観点などから意図しない武器転用のリスクを回避するなど、技術管理機能の強化を図る。

     

  3. 防衛省(20196)『防衛技術戦略~技術的優越の確保と優れた防衛装備品の創製を目指して~』
    技術のボーダレス化 、デュアルユース化の進展
    近年、防衛技術と民生技術との間でボーダレス化、デュアルユース化が進展し、両者の相乗効果によるイノベーションの創出が期待されており、既存の防衛産業が有する技術のみならず、我が国が保有する幅広い分野の技術にも目を向け、これらを進展させることにも留意しなければ、真に優れた装備品 の創製にはつながらなくなってきてい る。「第5期 科学技術基本計画」 において 「科学技術には多義性があり、ある目的のために研究開発した成果が他の目的に活用できることを踏まえ (中略) 適切に成果の活用を図っていくことが重要」とされているとおり、科学技術政策の観点からも、防衛と民生の双方の技術連携を促進するため産学官の力を結集し、防衛にも応用可能な民生技術の積極的な活用(スピンオン)を行うとともに、民生分野への防衛技術の展開(スピンオフ)を図り、我が国の技術力を進展させることが重要である。このため、安全保障と民生分野の双方に活用可能な 先進的な 技術を創出し、技術力の強化を図るとともに、関係府省・産学と連携し、我が国が有する様々な技術力を効果的・効率的に活用し、真に優れた装備品の創製につなげることが一層不可欠となってきている。
     

  4. 防衛省「次期戦闘機の調達について」2020年11月14日
    https://www.gyoukaku.go.jp/review/aki/R02/img/s2.pdf

    下記引用図のように、「戦闘機はその時代の最先端の技術を結集し、多くの企業・人員が関わって開発」するというスピンオフの追求、および、「戦闘機開発によって生み出された技術は、機微情報の保全を前提に、我が国の安全保障のみならず、技術波及効果を通じ、我が国の他の産業の技術力向上に寄与」するスピンオフ効果の強調がなされている。

     

  5. 『令和6年版 防衛白書』
    「わが国における防衛省の研究開発費は、米国などと比べれば低いものの、近年その重要性から大幅に伸ばしているところである。一方、民生用の技術と安全保障用の技術の区別は、実際には極めて困難となっているなか、わが国の官民における科学技術の研究開発の成果を、装備品の研究開発などに積極的に活用していくことで、国家としての技術的優越の確保に戦略的に取り組んでいくことが重要である。そのため、わが国として重視すべき技術分野について国内における研究開発をさらに推進し、技術基盤を育成・強化する必要がある。

    また、装備品調達や国際共同開発などの防衛装備・技術協力を行うにあたっては、重要な最先端技術などをわが国が保有することにより、主導的な立場を確保することが重要である。また、開発後の調達や装備移転の可能性も踏まえ、費用を抑える観点も重要となる。このため、防衛省における研究開発のみならず、官民一体となって研究開発を推進する必要がある。」
    [引用元]https://www.mod.go.jp/j/press/wp/wp2024/html/n410201000.html

     

    民生分野での技術発展は著しく、それに由来する先進技術が、戦闘のあり方を一変できるほどになっており、産業・技術分野における優劣は国家の安全保障に大きな影響を与える状況にある。」
    [引用元]https://www.mod.go.jp/j/press/wp/wp2024/html/n140105000.html#s140105

  6. 防衛省WEBページ「安全保障技術研究推進制度(防衛省ファンディング」
    「我が国の高い技術力は、防衛力の基盤であり、我が国を取り巻く安全保障環境が一層厳しさを増す中、安全保障に関わる技術の優位性を維持・向上していくことは、将来にわたって、国民の命と平和な暮らしを守るために不可欠です。とりわけ、近年、技術革新により民生技術が急速に進展しており、しかもこれらの先進的な技術は、これまでの戦い方を一変させる可能性をも秘めていることから、防衛にも応用可能な先進的な民生技術を積極的に活用することが重要であると考えています。
    安全保障技術研究推進制度(競争的研究費制度※)は、こうした状況を踏まえ、防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な基礎研究を公募するものです。
    ※大学、研究開発法人、民間企業等において、府省等の公募により競争的に獲得される経費のうち、研究に係るもの。従来、競争的資金として整理されてきたものを含む。」
「軍事研究開発費の、科学研究費に対する相対的比率増大」(2024年度に逆転)に関する参考資料
下記グラフに示したように、軍事費の2023年度以降の大幅増にともない、2024年度に防衛省の軍事研究開発費が2,606億円と、科学研究費総額2,429億円を上回った。
とはいえ、日本国において、軍事研究開発費が軍事予算の中で占める割合は2000-2024の25年間平均で2.9%である。また2022年 3.3%、2023年 3.3%、2024年 3.4%とここ3年間は25年間平均を上回っているが、2016-2021の6年間平均は2.3%と、25年間平均を0.6%も下回るものであった。

 
「軍事研究開発費に当てられる防衛省側の財政資源、人的資源の相対的有限性」に関わる参考資料
上記のように、軍事研究開発費は最近二なり大きく増額はされているが、それでも軍事費総額でみるとまだ相対的にかなり小さい。すなわち、軍事研究開発費は、下記グラフに示したように、軍事費全体に占める割合は2018年度以降増加傾向が続いてはいるが、2024年度でも軍事費の3.6%にとどまっている。
 もちろん防衛省と民生企業とを単純に数値比較することは適切ではないが、GAFAをはじめとしたアメリカのハイテク企業が売上高の10数パーセントを研究開発費に回していることに比べると、研究開発費の割合はかなり少ない。Alphabet(Google)の2024会計年度の研究開発費は、同社の10-Kによると、493億26百万ドルにも達する巨額な金額であった。三菱UFJリサーチ&コンサルティングのデータによると、2024年のドル為替の年間平均TTMは151.58円/ドルであるから、円換算した金額は約7兆4768億円に達する巨額な金額である。
Alphabet(Google)はたった一社で日本の軍事費(7兆7249億円)とほぼ同額、すなわち、日本の防衛省の軍事研究開発費(2606億円)の30倍近い金額を研究開発費として支出しているのである。そうしたことから考えると、ITに関わる研究開発力に関して、日本の防衛省がアメリカの民間ハイテク企業に相対的競争劣位であることは確かである。そのため、アメリカの民間ハイテク企業の研究開発力を活用できない日本の防衛省としては、日本の大学・民生企業の研究開発力の活用することで一定の対応をしようとしているのである。

とはいえ、Alphabet(Google)の研究開発費はたった一社で日本の2024年度の科学研究費と軍事研究開発費の合計額5035億円の約15倍に達することから推測すると、なかなか厳しい道であることがわかる。

 
「日本における部門別の研究開発費使用額の歴史的推移」に関わる参考資料
民生企業の研究開発力をスピンオン的に活用することの有用性・必要性という主張の背景には、下記グラフのように、企業の研究開発費使用額が2022年には日本における研究開発費使用額全体の73%と極めて大きな割合を占めていることもある。


[数値の出典]文部科学省 科学技術・学術政策研究所『科学技術指標2024』統計集の表1-1-6
エクセル・データ https://www.nistep.go.jp/sti_indicator/2024/hyoudata/STI2024_1-1-06.xlsx

 
「米国における部門別の研究開発費使用額の歴史的推移」に関わる参考資料
下記グラフに示されているように、前述のことはアメリカにも当てはまる。アメリカでは、GAFA、インテル、マイクロソフトなどのハイテク民生企業を中心として研究開発に巨額の資金を投入し続けていることもあり、2010年代後半以降になり、民間企業の研究開発費使用額が急激に増大し続けている。


[数値の出典]文部科学省 科学技術・学術政策研究所『科学技術指標2024』統計集の表1-1-6
エクセル・データ https://www.nistep.go.jp/sti_indicator/2024/hyoudata/STI2024_1-1-06.xlsx

 
「民間企業における研究開発費の歴史的推移」に関わる参考資料
  1. 売上高に対する営業利益率・研究開発費率に関する日系企業と米国系企業の比較
  2. Googleの売上高・営業利益率・研究開発費率の歴史的推移
  3. Amazonの売上高・営業利益率・研究開発費率の歴史的推移
  4. Facebookの売上高・営業利益率・研究開発費率の歴史的推移
  5. Appleの売上高・営業利益率・研究開発費率の歴史的推移
  6. Twitterの売上高・営業利益率・研究開発費率の歴史的推移
  7. 任天堂の売上高・営業利益率・研究開発費率の歴史的推移
カテゴリー: デュアルユース論 パーマリンク